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今夜の番組チェック


ひつじのやぶ医者 古博かん
 『次は〜○○〜、○○〜、出口はぁ右側になります〜』
 気の抜けたアナウンスを聞いて、降りる駅が近い事を確認した。そういえば、最近どこの 電車に乗ってもアナウンスに特徴がないなぁ・・・なんて思っている間に、電車がきしんで 自動ドアが開く。
 ぷしゅーぅ。
 残り少ない乗客が降りて、電車が再び走り出す。車内には、 数えるほどしか乗っていない。
 多少、気だるい様子さえ感じられる昼下がりの、すいてる車内を見回すと、どの人もまる で眠り込んでいるかのように、じっと黙って俯いている。今この瞬間、時間は限りなくスロ ーモーションだ。
 がたん、ごとんっ。がたん、ごとんっ。うぃーん。
 (・・・妙だ。)
 ぼーっと車窓を眺めながら、ようやく事態がおかしな事になっているのに気が付いた。普 段通りなら、もうそろそろ次の駅に――― 降りる駅に着くはずなのに、車窓を流れる景色 が・・・速い。減速どころか・・・いや、加速しているわりには振動は静かすぎた。流れる 景色が、だんだん流れる線の如く見え出した時、頭の中がくらくらしてきた。

○×▽☆□

 何やらザワザワと騒がしい・・・雑音が聞こえてきた。そして、視界に飛び込んできたのは、 人、人、人! とにかく人で溢れ返っていた。いつの間に、こんなに人が乗ってきたのだろう ・・・? と首をめぐらすと、
 (で、電車内じゃ、ない!)
 まるで診療所の待合室みたいな空間に座っていたのだ。それも、初めからここにいたかの如 く。愕然と腰を抜かして、目の前の光景を眺めていると、向かいのドアが開いた。白衣・・・ じゃない、うすピンク衣をはおった物凄く小さな女の子が、大きなファイルを片手に、裾を引 きずり、出てきたのである。
 「次、岡本圭(おかもと けい)さーん、お入り下さいだにー」
 (呼ばれている・・・何故に)思いつつ、立ち上がるどころか、返事もしたくなかった。名 前を連呼されるのも嫌だったが、名乗り出るのはもっと嫌だったのである。じっと黙って俯い ていると、その視線の先に突如として顔が現れた。
 「ぎゃっ、びっくりした!」
 「おかもと けい さーん、無視しないでほしいだに」
 「な、な、何なんですか・・・?」
 「何なんですか、じゃないだに。次、お宅の番なんだに」
 「・・・は?」
 わけも分からず、診療室に連行されてしまった・・・。
 「えーと、岡本圭、16歳さん。今日はどうしました?」
 「あの、わけが分からない・・・っていうか、状況についていけてないのですが」
 「なんと、それは大変だ!」
 目の前には若い白衣・・・じゃなく、やっぱりうすピンク衣のドクターが座っている。あく までも外見から察するだけで、分類上、男である事以外本当は何者なのか、正直分からない。 ドクターが合図を送ると、さっきのチビちゃんがカルテを運んできた。それに目を通したドク ターは、合点がいったとばかりに手を打った。
 「ああ、何だ、君、こっちに来ちゃった人なんだ! なるほど」
 そして、爽やかに笑顔を向けてきた。実に晴れ晴れとしている。何故だ。
 「で、今日はどうしたんですか、岡本圭、16歳さん?」
 「・・・年齢まで言うの、やめてもらえますか」
 「年齢? あ。これ、年齢なんだ! そうだよね、おかしいと思った、名前の欄に書いてあ るから、てっきり・・・こら、間違えちゃ駄目だろ、チャ・・・助手さん」
 ドクターの振り返った先には、うすピンク衣のチビちゃんが立っている。っていうか、こん な子供に助手させる方が悪いと思う。チビちゃんは悪びれず、間違いをカルテの分かりにくさ の所為にしていた。しばらくは状況を少しでも理解する為に、ただ二人のやり取りを見ていた けれど、見切りをつけて思い切って口を開いた。
 「あの、さっきからあたし・・・ほったらかしなんですけど」
 「あ、すみません本当に・・・いてっ、こら、助手さん! どこ行くんだ、待ちなさい!」
 小さな助手さんは、ドクターの向こう脛を蹴っ飛ばしたあげく、あかんべーをしてパタパタ と出て行った。それを何となく見送ってドクターを振り返ると、当人は頭を掻きながらカルテ を眺めて何やらブチブチとこぼしていた。
 (こいつ、本当に大丈夫なんだろうか・・・)
 「今日は・・・腹痛で学校を早退、それに吐き気ですか。食欲はありますか?」
 「・・・なんで知ってるんですか、そんな事」
 「カルテに書いてありますからね」
 「予約どころか来る気すらなかったんですけど・・・」
 「飛び入りですね。チャ・・・助手さん曰く、来る予定だったそうですよ。ちょっと失礼、 ふむ、熱はないですね。おや、貧血気味ですか、肌も荒れ気味ですね・・・睡眠はちゃんと とっていますか?」
 「ほっといて下さい!」
 ドクターは患者の突然の剣幕にポカンと間を抜かす。大きな声を出した直後に気まずくな って俯いている患者の方にも、どんよりとした空気が垂れ込めている。その様子から、何や らやんごとなき事情を悟ったドクターは、束の間考えるポーズをとった後カルテに書き込む と、おもむろに患者に正面から向き直った。
 「貴方への治療法は、こちらのタイプになりますね、じゃ、行きますよ」
 ドクターが目の前でカルテを折りたたみ始め、出来上がった紙飛行機を患者に向かってヒ ュイッと飛ばす。何をするんだ、この人は・・・と思ったが、次の瞬間には紙飛行機の上に 乗っていて空の中を飛んでいた。
 「・・・は?! 何、どーなってんの、おかしいんじゃないの?!」
 風の向くまま、今のところ安定して飛んでいる紙飛行機にしがみついて、とりあえず思い つく限りドクターの悪口を大声で連呼していた。
 「やー、飛んでますね、岡本圭さん」
 窓の外を眺めてのんびり呟いているドクターの後頭部を、唐突に衝撃が襲った。振り返る と、カルテの束を片手に仁王立ちで構えている助手が目に入った。ただ、うすピンク衣が程 良い丈になるくらい大きくなってはいたけれど、ドクターにはそれがチビちゃんと同一人物 である事は分かっていた。そして、口にしないのが条件だった名前を改めて出す。
 「い、痛いじゃないか、チャムちゃん」
 「手加減しなかったんだから、当然でしょ。なに悠長に構えてるの」
 「と、言うと?」
 「患者ほっぽり出して、何やってるのって言ってんの! ドクターだったら最後まで面倒 見なさいよ。特にあの子は『来ちゃった子』なんだから、こっちの勝手を知らないの、普段 の患者と違うんだからね!」
 「と、言われても他の患者さんはどうしろって言うんだ」
 「あたしが引き受けてあげましょう、ご心配なく」
 ドクターが我が耳を疑って聞き直そうとするのを制すように、チャムちゃんが手にしたカ ルテの一枚を抜き出して折り始める。程なく紙飛行機を一つ作り上げると、それをドクター の目の前に構えて笑っている、それも毒の効いた笑顔だ。
 「・・・チャムちゃん? きみ資格持ってなかったよね、確か、何をする気かな・・・?」
 「ドクターは、あの迷える子羊ちゃんの心配だけしていればいいの、じゃ、ご機嫌よう」
 チャムちゃんの手から紙飛行機がヒュイッと離れた。そして次の瞬間にはドクター自身が 紙飛行機上の人となり、空の中を悠々と飛び立っていた。前方には、ぎゃーぎゃーとやかま しい紙飛行機が飛行中である。聞こえる範囲では、およそドクターの悪口オンリーであった。 随分と威勢の良い、そして口の悪いお嬢さんが紛れ込んで来たものである。
 (チャムちゃん以上に手を焼く事になりそうだ・・・)
 苦笑を口の中で噛み潰して、ドクターは不慣れな手付きで紙飛行機を操り、前を行く患者 の紙飛行機に並んだ。患者は気付くや否や、ドクターに向かって悪口と非難の弾丸を連発し てくる。端から見れば元気がはち切れんばかりだが、そこはドクターの経験から空元気であ ると察したものの突つけば先程のように噛み付いてくるだろうから、当分は見守るしかない のを覚悟して、黙って弾丸を浴びつづけたのである。
 (本当に・・・何て容赦の無いお嬢さんなんだ・・・)
 ドクターが難儀している頃、診療所では次の患者さんが診察を待って窓口に顔を出していた。 対応に出るのは当然、自ら留守番を買って出たチャムちゃんである。笑顔でシャーシャーとこ う言った。
 「ドクターはただ今往診中です。しかしながらご心配なく、わたくしピンチヒッターのチャ ムちゃんが、ずばり貴方の悩みを解決してみせましょう!」
 「助手さんが・・・ですか? 大丈夫なんですか? 失礼ですけどお医者になって何年?」
 「お医者じゃありません。アルバイト中ですが、本職は占い師です!」
 これを聞いた時の患者さんの反応は、限りなく察しがついた。ドクターが知ったら、きっと 物凄く怒るだろうな。とは全く考えず、チャムちゃんは勝手に患者さんを診察室に通してしま ったのである・・・。

●×▼★■

 「どこまでついて来る気? ウザいんだけど!」
 先程からずっと毒を吐かれっぱなしのドクターは、どうとも言えず無言で笑顔を作るしか なかったが、そろそろ頬の辺りが引きつってきていた。あれやこれやと思いつく良策を試み ていたのだが、少しも打ち解ける様子がない。相手を必要以上に刺激しないよう気を配りな がら観察していて、体の不調・・・というより、どちらかというと、
 (ストレス性の症状なんだよなぁ・・・)
 という事がますます明確になってきたのである。だからと言って、率直に「貴方は結構神 経質ですね、明らかにストレスですよ」とは言いにくい。暴走されては困ってしまう。立場 的に言えば、やっぱり良くなってもらいたい。
 すっかり考えが煮詰まってしまい、うーん、うーん、と唸っていると前方が疎かになって いた。気が付くと患者さんは2時の方向を悠々と飛んでいた。そして自分は後方から飛んで くる羽の付いたボトル集団の前をトロトロ漂っていた・・・
 「あー、びっくりした。もう少しで郵便屋さんに轢かれるところだった!! 考えすぎて 脱線した挙句、手紙入りボトル集団に轢き逃げされたんじゃたまらない・・・」
 あわや衝突!のギリ手前で回避したドクターは、しばらく心臓を吐き出してしまうんじゃ ないかと思うくらいドキドキしていた。手なんかピクピクと振るえて汗をかいている。いや いや、今のは本当に危なかった、走馬灯を垣間見たぞ、確かに! それでも落ち着きを取り 戻した頃、迷える子羊ちゃんがUターンしてきて発した言葉には即効性の毒が含まれていた。
 「どーせなら、轢かれちゃえば良かったのに」
 そして、何事もなかったかの如く再び自由気ままに飛び去っていったのである。短時間で 大したバランス感覚だ、すっかり紙飛行機の操縦をマスターしていた。そのたくましくも可 愛げのない後姿が妙に印象的で、言われた事もミックスされて、ドクターは束の間あらぬ方 向を呆然と眺めていた。
 (ただ、それだけを言いにそんな鋭いUターンをして戻ってきたのか、君は)
 まったく最近の紛れ込んで来る人達は、どうなっているんだ・・・溜め息と共に吐き出し て、しょうがないからドクターは患者さんの後を追いかけた。遠くから見守る程度の追跡だ が、本来探偵になれるほど器用じゃないので、しっかり尾行している事はバレていた。
 迷える子羊ちゃん、もとい岡本圭がますます不機嫌になったのは言うまでもない。
 「何、あのオッサン、ストーカーなんじゃないの?」
 明らかにオッサンと呼ぶには若すぎるのだが、機嫌最低の女子高生に言わせれば、誰でも オッサン化、オヤジ化するのである。とりあえず宛てもないから、ただ飛んで行くがその内 それにも飽きてきた。後方の空にドクターが来ている事を分かっていながら、縦横無尽に飛 び回り、散々ドクターを困らせた。振り返って見ると、慣れない手付きで危なっかしく着い て来る姿が可笑しくて、時々並んで飛びながら毒を吐いてまた飛び去った。
 その間に、ドクターは前を行く無謀な紙飛行機を見失うまいと、必死で後を着いて回りな がら何度となく命の危険を感じる場面に遭遇していた。このままの状態が続けば、必ず死ね る・・・そう思いながら飛んでいた矢先、再び元気な迷える子羊ちゃんから発せられた言葉 には、さすがにカチンとくるものがあった。
 「オッサン本当にトロすぎ! いつでも死ねるって感じ」
 こちらに紛れ込んで来たはずの迷える子羊ちゃんは、明らかにドクターよりも環境に馴染 むのが早かった。紙飛行機だって、まるで手か足かと言わんばかりに自由自在に操っている。 言いたい事も言いたい言葉で、言いたい放題・・・若さゆえだろうが、一言で言うならば、 無茶苦茶だ・・・。ドクターだって充分若い域の人間だが、この数時間で明らかに老けた。 溜め息の数も増え続けた。
 「あのさ、あの辺行きたいんだけど地理感覚ないの、あたし。ついでだから観光ガイドし てよ。あたしの後ろから着いて来れば轢かれないし、ねぇ、いいじゃん」
 「え、あの、ちょっと?!」
 言っている間に迷える子羊ちゃんは好き勝手に飛び回った。しかもドクターを観光ガイド にして、すっかり遠足か修学旅行気分である。仕方なく後を着いて行くドクターだが、今と なってはドクターという名称も虚しく風に飛ばされていった。
 「ちょっとガイド! 何やってんの? 少しは役に立ってよ!!」
 状況に慣れて、余計に我儘に、そして態度のでかくなった迷える子羊ちゃんは見た目には パワーアップしていた。ドクターと患者の立場が逆転したまま、時間だけが虚しく過ぎてゆ くのだった・・・。
 「ねえ、さっきから気になってるんだけど、あの空飛んでるボトルは何なの? 新種の暴走族?」
 散々あちこち引き回されてドクターの目の下にクマが出来始めた時、ふいと岡本圭が空を 飛ぶボトル集団の行き交う様を指差した。空を飛び始めてから、これらの集団を良く見かけ るのだが、今ひとつ何なのか分かっていなかったりする。
 「あれは郵便屋さんですよ。運ぶ手紙の重さと届ける距離によってボトルの大きさも羽の 大きさも違います。届けるまでは何があっても飛び続けますよ、もっとも破損すれば別です けど、事故も少なくないんです、気を付けて下さい」
 「それ、超バカなんじゃん?」
 すっぱり言い切ると、またしても自己中心的に飛び回る。どこでも交通マナーはあるもの だが、当然それを無視していればいつかは事故を起こす。岡本圭だって例外ではなかった。 散々ドクターが気を付けろと言ったのに、ボトル集団のど真ん中を突っ切り接触事故の火付 け役を買ってしまった。ま、正確には接触したのはボトル同士だったわけだが、それで方向 感覚の狂ったボトル達が面白いようにぶつかり合って弾け飛び、粉々に割れて落ちて行く。
 空中でも道路でも、にわかに賑やかな破壊音が轟いた。素晴らしく上達した飛行テクニッ クで巻き込まれなかった岡本圭だが、事態は予想以上に大変な事になったと理解した時、け たたましいサイレンが鳴り響いていた。ぼーっとその方角を眺めていると、突如としてドク ターの紙飛行機が急発進して岡本圭を現場から連れ出した。
 とにかく飛び続けて数十分、ようやくスピードが緩むとドクターはビビリまくった小動物 に良く似た形相でぜぇ〜はぁ〜息をついていた・・・
 「・・・もしかして、逃亡?」
 「誰のせいだと思ってるんだ!」
 あまりに他人事なので、ドクターもとうとう毛細血管がプッチンと音を立てた。岡本圭を 真っ向から見据えると、不安定な紙飛行機の上で正座する。そして、彼女にもそれを促すと 改めて大きく深呼吸を一つ。
 「君の場合は事情が特殊だから、この世界で問題を起こすと厄介なんだ。私としても、あ あいう行動は不本意だけれど、正直なところ仕方ない。だって君は紛れ込んでしまった子な んだからね」
 「紛れ込んだとか、来ちゃったとか、あたしよく分からないんだけど! 何か、あたしが 全て悪いみたいじゃない? あたしだって別に来たくて来たんじゃないし、来る気なかった んだから、ふつー考えて被害者でしょ?!」
 俗にこれを逆ギレと言うが、岡本圭にとっては当然の主張だった。ドクターは静かに様子 を見ていたが、彼女が拳をバンバン紙飛行機にぶつけた時、深い折り目の間から小さなボト ルがピョンッと飛び出した。さっきの事故で、すっ飛んで入り込んでしまったらしい。
 羽が片方もげていた。それでも残った羽を広げて目的の方向を向いてもがいている姿が、 ただの瓶のくせして痛々しい。掌のそれを眺めて、岡本圭は黙ったまま俯いた。

○×▽☆□

 「・・・真昼間から事故るなんて、頼りにならないばかりか下手したら現行犯逮捕じゃな い。何やってんだか、ドクター・・・運動神経ないのに逃げ足だけは速いんだから」
 その頃、チャムちゃんは深い溜め息を吐いていた。彼らを送り出してからずっと万年筆が 独りでに、せっせと記録帳に一部始終を綴っている。時々挿絵が挿入される辺りが多分記録 帳の親切なのだろう。といっても、記録帳はあくまでも客観的な情報しか載せないから、当 事者たちの心理状態まではさすがに分からない。それでも、状況を知るには充分だった。
 「へえ、手紙届けに行くんだ。けっこう可愛い事するじゃない、子羊ちゃん。それにして も、ドクターは相変わらず後ろからついて行くだけか・・・人選間違えたかしら」
 午後からの診察時間が近づいて来たので、チャムちゃんはプライベートルームを後にした。 もちろん、診察ではなく本職を発揮しているわけだが、ドクターのいない間に好き放題に羽 を伸ばしているのが本当のところだったりする。
 チャムちゃんが出て行った後も、記録帳は黙々と状況を綴り続けていた。
『お届け物は15分ほど紙飛行機で飛び続けて、無事に受取人である魔法通り6:06:48 の住人に届けられる。なお、途中、ドクターの紙飛行機が帰宅途中のカラスの親子に因縁を つけられ難儀の模様・・・云々』

●×▼★■

 「あらあら、わざわざご苦労様。随分時間がかかったじゃない、今日の午前中には届くっ て聞いていたのに」
 小さな郵便物を届けた先の住人は、お礼とも皮肉ともつかない曖昧な言葉と共に羽を痛め た瓶を受け取った。岡本圭とドクターを配達員と間違えているのか、頭の先からつま先まで 一通り眺めると、軽くあしらうようにドアを閉めてしまった。 その態度に頭に来た岡本圭 は「ざけんな、ババア!」と叫んでドアを一蹴すると、さっさと飛び去った。
 「最後のあれは、良くなかったと思いますよ」
 追いついて来たドクターに言われた時、とっさに何か言い返してやろうと思ったのに、振 り返ったら言葉の代わりにポロポロ泣いてしまっていた。自分でも訳が分からなかったが、 ドクターの方は特に追及してこなかった。制服の袖口で目を拭いていたら、ドクターは黙っ て自分のうすピンク衣のポケットから大判のハンカチを差し出す。紳士としては、なかなか 誉められた態度だが、今ひとつ王子的雰囲気に欠けている。
 「・・・分かってるよ、でも悔しかったんだもん!」
 ハンカチを掠め取ると、これみよがしに鼻をかんでやる。それでも垂れる鼻をすすり上げ ながら、岡本圭は目を充血させていた。どちらかと言うと醜態をさらしている今風のお嬢さ んを静かに見守っていたドクターは小さく溜め息をついた。
 「悔しかったんですか? 悲しかったのではなく?」
 一際大きく、岡本圭はすすり上げると、滝の如く泣き始めた。気分的には空いっぱいに響 き渡るくらいだったが、実際は帰宅途中のカラスも気にとめない程度のものだった。とても 見られた様子じゃなかったが、ドクターは見なかった事にしていた。
 「そういう、同情っぽい事やめてくれる?! ウザ過ぎ! 医者だからって口出さないで よ、もうほんっとウザい! ほっといて!!」
 「別に同情じゃないですけど・・・」
 「あー、もうウルサイ、ウルサイ! いいよ、別に! 医者だから面倒みてるんでしょ、 ほっといてくれて、全然構わないんですけど!」
 「・・・そーいう訳にもいかないんですよねぇ」
 のんびりとした声と共にどこかピントのずれた笑いを漏らしている。ヒステリーに任せ て怒鳴る気力も失せた岡本圭は、今度はとことん沈黙を続けた。ドクターとのある種の我 慢比べが始まったわけだが、先に根負けしたのは岡本圭の方だった。入り過ぎていた肩の 力はすっかり抜けてしぼんでいた。
 「ちゃんと分かってるよ・・・頭ではヒドイ事言ってるって分かってるんだけど、言っ ちゃうんだ。・・・で、その後自分がスゴク嫌になるの、大っ嫌い」
 ポツリ、ポツリと話す岡本圭の口調は実年齢よりもずっと幼かったけれど、途切れ途切 れの言葉の中にも一生懸命自分の気持ちを伝えようとする姿には、ある種の進歩が垣間見 えた。張っていた虚勢がゆで卵のカラみたいにポロポロ剥がれていくのが分かる。脱皮・ ・・いやいや、しかし明らかに一皮剥けようとしていた。ドクターは辛抱強く要領を得な い不器用な話を聞いていた。
 「分かってるよ、小さな事で張り合ったり知ったかぶりみたいな事してるの、くだらな いなって。他人のそーゆーとこ見ると軽蔑したりするけど、自分だって同じ事してるんだ って。でも、そんな事言えないし、言いたくないし、言ったら弱み見せるみたいじゃない?  嫌だし、そんなの耐えられないじゃない?・・・」
 うだうだと続く愚痴のような話がふつりと途切れた時、ようやくドクターに一言いうチ ャンスが来た。
 「要するに、不安なんでしょう、いろいろな事に対して?」
 始めの数秒、岡本圭の表情には反発の色が窺えたが、それがしぼんで小さく頷くまでに 時間はさほど要さなかった。更に小さな声がポツリと言った。
 「怖い・・・んです。周りの人が」
 「引け目を感じている、と言う事ですか?」
 「その人たちが何かするわけじゃないけど、いるだけで怖いんです・・・怖がりの自分 も大嫌い。全部嫌なんです」
 「全部・・・?」
 「・・・今風の子ってまとめられるの嫌だし、近所の人とかの視線も嫌だし、勉強もキ ライだし、かといって特別遊びたいわけじゃないし、とにかく日常がグチャグチャしてる 感じもキライ・・・です。不安かどうかなんて、よく分からない」
 「私には不安に見えますよ。それは悪い事じゃないけれど、少し思い詰め過ぎているん じゃないかな? 聞く限り、自分を悪者にしてしまっているような印象を受けましたね」
 「・・・だって悪者だもん。さっきのアレ見たって分かるじゃん」
 「そう思い込んでいるだけですよ。私はそうは思いませんね」
 岡本圭は、とても驚いた表情を見せた。
 「なんで?!」
 「な、なんでって・・・」
 ドクターは困った。返答にとても困った。
 「だって、あたし超性格悪いよ?! 言葉だって悪いし、サボリ癖ありありだし、ナマ イキだし・・・」
 自分の悪い所ばかりを連呼している岡本圭だが、その表情には多少の困惑と子供っぽい 照れが浮き沈みしていた。
 「今は気付いていないかもしれませんが、あなたは悪者じゃありませんよ。多少、無茶 苦茶ではありますけどね」
 面と向かってハッキリ言われて、岡本圭は唐突に顔から火を噴き出してドクターをビビ らせた。確かに感情の起伏はまだまだ激しいが・・・岡本圭の表情は明らかに晴れ晴れと していた。無理に照れ隠しはしていたが、少なくとも強がりの類は消えていた。これなら、 少なくとも当分の間は紛れ込んでくる事もなくなるだろう。ドクターの顔にも安堵の色が 浮かんで消えた。
 「・・・あのさ、そろそろ家帰んないとヤバいんだけど、どうやって帰ればいいの?」
 岡本圭の言い分はもっともだが、そんな事ドクターにも分からなかった。ただ、言える 事と言えば・・・
 「帰りたくなったら、何もしなくても帰れるそうですが・・・詳しい事は私にもちょっと・・・」
 と頭を掻きながらボソボソと口篭もる。最後まで頼りにならないドクターで、岡本圭は 眉をしかめた。容赦の無い言動は吐かなかったが、代わりに巨大な溜め息を吐いた。
 「何ていうか・・・あえて言うなら、もう少し医者らしい事言ってほしいなぁ」
 その様子を見て、ドクターは面目なさそうに乾いた笑いを漏らした。
 「くれぐれもお大事に。 気を付けて帰るように」
 「うん、そっちのがいい! ありがとう。結構、面白かった」
 その言葉がスイッチであったのかは定かではないが、とにかく何かのきっかけであった のは間違いなく、プロ級に操縦の上手くなった紙飛行機だったが、それが突然失速し、ひ ゅるひゅる落ちていった。
 木の葉の如く真っ逆さまに、このまま紙飛行機と心中するのかと思うと、思いっきり叫 んでいたのである。
 「気を付けて帰れるかー! ぶぁーかーぁ!!!」
 そして再び、あの光景が・・・だんだん景色が流れる線の如く見え出して、頭がくらくら、 くらくら・・・。
 ぴるぴるぴるぴる〜
 『間もなく発車しま〜す、御注意ください〜』
 はっ。 と気が付いて思わずビクッと跳ね上がると、調度電車のドアが気の抜けた音と共 に閉まるところだった。すかさずプラットホームの駅名を確かめると、本来自分の降りる駅 で、慌てて立ち上がってドアまで走ったが、間に合わなかった。
 (しまった、降り損ねた・・・そして超目立ってる)
 何事かと乗客の注目を一身に 集め、ようやく恥ずかしくなって再び座席に着く事が出来なくなってしまった。それにして も一瞬の油断で降り損ねるとは・・・しかも普通電車でそういう事するか、普通。
 自問したところで答えは出なかった。何となく、ぼーっとしていて気が付いたら駅だった。 ぼーっとしていた間、何を考えていたのかは思い出せないが、何となく走馬灯のような速さ の夢を見ていたんじゃないかと思う・・・でも、どんな夢だったかは定かじゃない。
 次の駅に着いて、しょうがないからそこで降りる。プラットホームに立つと、ふんわりと 風が吹いていた。よく思い出せないけど、何となく
 「ちょっと楽しかった、かな」
 電車に乗った時とは180度違って、珍しく機嫌が良かったから家まで一駅分歩く事にした。 気持ちが晴れると心なしか足取りも軽くなった。視界すらほんのり明るく見えてくるから不思議だ。
 よし、明日はもう少し頑張ろう・・・かな。

○×▽☆□

 そして、ようやくカルテ飛行機から解放されて自分の診療所に帰り着くことの出来た ドクターは、自分の診療所を目を擦ってよーく見直した。診療所に今までになかった長 蛇の列・・・一体何が起こったというのか、驚いて駆け込み、診療室に飛び込んで更に驚いた。
 そこには大きく『チャムちゃんの出張占いの館 100%当たります』と看板が立てかけ てあったのである。
 「・・・チャムちゃん? 君、何しているのかな、これは」
 「何って、占いだに。大繁盛だに」
 「いや、そもそも私の診療所なんだけど」
 「ちゃんと留守番してたに、お客さん喜んでくれてるに」
 「お客さんじゃなくて、私の患者さんだろう・・・」
 小さくなっていたチャムちゃんは首根っこを捕まえられて、そのままプライベートの 別室に放り込まれた。ドクターがめちゃめちゃ怒っている事を悟って、仕方ないから大 きくなるが、態度は相変わらず悪びれていなかった。
 「ちょっと、掴まないでよ、服が伸びるでしょ。別に問題があったわけじゃないんだ から、そんなにカリカリしくたっていいじゃない」
 「問題あるだろう、私の診療所で勝手に商売して、しかも私の患者さんを対象にして いたんだからね!」
 「占い聞いたらケロっとして帰っていったもーん」
 「チャムちゃん! ケロっとしているのは君の方だろう!」
 「ドクターの方が問題あり過ぎでしょ。そこの記録帳で全部知ってるんだから! 患者 さんに最後まで振り回されっぱなしだったじゃない」
 その時、待合室から呼び声がかかり、ドクターはそちらの応対に向かう事になった。
 「とにかく後で、きっちり話し合おうじゃないか、え?」
 先に患者さんの様子を診に行ったドクターだが、待合室の約8割はチャムちゃんの占い 目当てのお客さんだった。外に至ってはほぼ99%がお客さんだったのである。
 ほんの一日足らずで診療所を乗っ取られてしまった事に結構ショックを受けつつ、珍し く怒りを満面に浮かべて別室に戻ったが、部屋はもぬけのカラだった。
 (しまった、逃げられた・・・)
 この日一番の功労者は、大きく溜め息をついてコーヒーを入れに行った。世の中と自分 の立場に多少の疑問を抱きつつ、その日を締めくくり、机の上の記録帳を開いて読み、折 角入れたコーヒーを吹きこぼしたのである。
・・・反省会・・・
 すみません。締切大破りな上に、もう精根尽きました(半笑)何で、こんなに時間かかっち ゃったのか、もう私にも謎です。しかもキャラ(特に主人公!)が私の意思に反して暴走し たい放題・・・本当に何て嬢さんだ(溜息)おかげで、話の展開も大幅に逸れていきました。 本当は長い話なんです、でもこれ以上長いと「WEBでら」の域を越えてしまうと思って、無理 矢理おさめてしまった非常に反省点の多い作品と相成りました。もう、本当にごめんなさい。 それしか言えません。改めてモノ書きって大変だと認識した・・・という意味では非常にタメ になった作品ですね(ああ、もう、本当に笑えない)
 もう一つ反省点といえば、シリーズものになってしまったという事ですね。知る人ぞ知る ・・・「魔法通りシリーズ」。これ以上喋ると自分の首絞めますね、明らかに墓穴掘ってます、 めちゃめちゃ掘ってます。(;_;)しくしく

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